1964年五輪クリエイティブ制作背景を読んで

ART, DIARY

デザインができることってなんだろう?という問いに興味がある方には面白いコラムです。
1964年東京五輪のクリエイティブがどう作られていったか?
当時もドタバタの中でデザイン的な実験や試行錯誤が重ねられ準備が進んでいったことがよく伝わってきます。

オリンピック・パラリンピックとビジュアルデザイン 
http://tokyo-design2020.jp/vol4/tanaka.html

たとえば1964年東京五輪では、アジア初開催ということから複雑な言語状況を考え、デザイン監修を務めた勝見勝氏がオリンピック史上初となるピクトグラムをつくることを発案したとのこと。
このピクトグラムの話がまさに「デザインの役割」を現しているとおもいます。

大衆的で誰にでもわかる、コミュニケーションを円滑にするデザイン。

今回、佐野氏デザインのエンブレムの「第一印象」にはその要素が欠けていたのかもしれません。通常のロゴ制作であればこの時点で失格と言われてしまうものですが、今回のデザインに関しては、実験的な意味を込めてもう少し展開を見てみたいという期待感が残っています。

「自由自在に変化することができるエンブレム」なんて今迄なかったわけで。
たとえば東京に来られない世界中の人々が五輪をTV又はオンラインで楽しむであろうという想定。その空間では、エンブレムが視覚的におもしろく使えそうだなとか。開会式なんかでも同様。

佐野さんエンブレムがプリントされた公式グッズが欲しいか?と聞かれたら正直NOなんですが…
「新しいチャレンジ」「サービス精神のあるデザイン」という点においては、「無難な日本っぽい、五輪っぽい、祭っぽいデザイン」に落としこんでしまうよりは価値があるという見方もできるんじゃないでしょうか。
最終的に愛されるエンブレムになれる可能性は現状ゼロではないのかなと感じています。
※サントリーの件とは切り離して考えています。

ここでもキーとなってくるのは、エンブレム含め、総合的なアートディレクターが不可欠という事実だとおもうのですが…
勝見氏や亀倉氏のような存在、現在のデザイナー界にはいるのだろうか?

 

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